メルセデス・ベンツは中国企業ではなく、中国系2株主が計19.67%を持つドイツ企業だ。
中国企業に買収された事実も、単独の中国系株主が経営を支配している事実もない。ただし、中国との資本・生産・市場の結びつきは深く、2026年には米国のコネクテッドカー規制法案でも焦点になった。
この記事の要点は次のとおりだ。
- 中国企業か:いいえ
- 中国系2株主の単純合算:19.67%
- 中国系株主による単独の過半数支配:なし
- 本社所在地:ドイツ・シュトゥットガルト
- 米国での販売禁止:2026年8月3日時点では決まっていない
重要なのは、19.67%が一つの中国企業による保有比率ではない点である。
BAIC Groupの9.98%と、吉利控股集団の創業者である李書福氏側の9.69%を便宜的に足した数字であり、両者の保有目的や法的な立場は異なる。
メルセデス・ベンツは中国資本なのか?株主19.67%の内訳
結論からいえば、中国資本は入っているが、メルセデス・ベンツ自体はドイツ企業である。
グループ親会社の正式名称はMercedes-Benz Group AG。本社はドイツ・シュトゥットガルトにあり、株式はドイツの証券市場で取引されている。
Mercedes-Benz Group AGの「Shareholder Structure」によると、2026年3月31日時点の中国系大株主は次の2者だ。
保有主体 公式資料上の表現 比率 主な位置づけ
BAIC Group 議決権 9.98% 最大の個別株主、中国での合弁相手
李書福氏/Tenaciou3 Prospect Investment Limited 持分 9.69% 吉利系の投資主体
便宜的な単純合算 公式の共同保有比率ではない 19.67% 中国系資本の規模を把握する目安
この表で特に注意したいのは、BAICについては「議決権」、李書福氏側については「持分」と記載されていることだ。
したがって、19.67%は公式に公表された一つの持株ブロックではない。二つの異なる保有主体の数字を、全体像の理解のために単純加算したものにすぎない。
BAICと李書福氏側が、常に同じ議決権行使をするという公開契約も確認されていない。
「中国系株主が合計約20%を持つ」は事実に沿うが、「中国が一体となって約20%を支配している」と表現すると、実態より強い意味になってしまう。
李書福氏はいつメルセデス株を取得したのか
李書福氏は2018年2月23日、当時のDaimler AGに対する議決権9.69%を取得したと届け出た。
公式の議決権通知には、李書福氏からGeely Group、Tenaciou3 Investment Holdings、Tenaciou3 Prospect Investment Limitedへと続く保有構造と、1億361万9340票の議決権が記載されている。
これは大規模な戦略投資だったが、過半数取得でも、会社全体の買収でもない。
「吉利がメルセデスを買った」という説明を見かけることがあるものの、正確には、吉利控股集団の創業者である李書福氏が投資会社を通じて約1割を保有したという関係である。
BAICの9.98%はいつ明らかになったのか
BAIC側については、2019年の通知で株式に付随する議決権2.48%と、金融商品を通じた2.52%を合わせたポジションが示された。
その後、2021年12月21日に公表された議決権通知で、BAIC側のInvestment Global Co., Ltd.が9.98%を保有していることが明示された。
ただし、この2021年の通知はグループ内部の組織再編に関する内容を含む。
そのため、「2021年12月に初めて5%から9.98%へ買い増した」と断定するより、2021年12月の公式通知で9.98%の保有が確認されたと表現するほうが慎重である。
Mercedes-Benz Group AGの発行済み株式数は、2024年12月13日以降、9億6290万3703株と公表されている。
株式は中国系2株主だけでなく、欧州、米国、ドイツ、中東などの機関投資家や個人投資家にも分散しており、公式の主要株主情報に単独過半数株主は掲載されていない。
つまり、メルセデスは中国企業の子会社ではなく、複数地域の株主が保有するドイツの上場企業なのである。
中国系株主約20%で経営を支配できるのか?
約19.67%だけで、メルセデス・ベンツの経営を一方的に決めることはできない。
新車のデザイン、経営陣の人事、工場の配置、価格設定などを、中国系2株主が単独で命令できる比率ではない。
ドイツ株式法第133条では、法律や定款に別の定めがない通常の株主総会決議について、原則として投じられた票の単純過半数が必要とされる。
定款変更などの重要な決議は、同法第179条により、原則として株主総会に出席している資本の4分の3以上が必要だ。
BAICの9.98%と李書福氏側の9.69%を足しても、発行済み株式の50%には届かない。
仮に両者が同じ議案へ賛成しても、通常決議を二者だけで成立させることはできない。
一方で、約20%を「経営に何の影響もない少数持分」と見るのも現実的ではない。
株主総会では、すべての株主が毎回投票するとは限らない。他の機関投資家と意見が一致した場合には、役員選任、報酬、経営方針などをめぐって相応の重みを持つ。
重要決議についても、19.67%は発行済み株式全体に対する固定的な拒否権ではないが、出席率によっては出席資本の25%を超える可能性がある。
ただし、この計算が意味を持つのは、BAICと李書福氏側が同じ方向へ投票した場合だけだ。両者が別々に判断すれば、影響力は分散する。

中国系株主は監査役会へ代表者を送っているのか
ドイツ企業のメルセデス・ベンツでは、業務を執行する取締役会と、取締役会を監督する監査役会が分かれている。
2026年4月16日時点の監査役会は20人で構成され、10人が株主側代表、10人が従業員側代表だ。
監査役会は経営陣の監督、取締役の選任、重要な計画や企業判断の承認などを担う。
公式名簿にはMartin Brudermüller氏、Ben van Beurden氏、Liz Centoni氏、Timotheus Höttges氏などが掲載されている。
少なくとも公開名簿上、BAIC、吉利控股集団、李書福氏の代表者であると明記された監査役は確認できない。
これは中国系株主の意向が無視されているという意味ではない。大株主との対話は上場企業の経営において重要であり、株主側監査役の選任にも議決権を行使できる。
それでも、「BAICや吉利が監査役を直接送り込み、日常経営を指揮している」と断定できる公開資料はない。
確認できる事実を整理すると、次のようになる。
- 中国系2株主の単純合算は19.67%
- どちらも単独では通常決議を成立させられない
- 両者が常に共同投票するとは確認されていない
- 公式監査役会名簿に中国系株主の代表者とは明記されていない
- 個別車種の設計や価格を中国側が直接命令した証拠は公表されていない
僕は、メルセデスを「中国に支配された企業」と呼ぶより、ドイツの企業統治を維持しながら、中国系大株主との関係を無視できない企業と見るのが妥当だと考える。
北京ベンツは持株比率以上に何を動かしているのか?
メルセデスと中国の関係は、株式の19.67%だけでは説明できない。
経営への実質的な影響を考えるうえで重要なのが、BAIC Motorとの合弁会社Beijing Benz Automotive Co., Ltd.、通称「北京ベンツ」である。
BAIC Motorの2025年年次報告書によると、北京ベンツの出資比率はBAIC Motorが51%、Mercedes-Benz Groupとその中国子会社側が合計49%となっている。メルセデス側の資料でも、BAIC側が51%、メルセデス側が49%という構造が確認できる。
ここではBAICが過半数を持つが、それは北京ベンツという中国の合弁会社における出資比率である。
Mercedes-Benz Group AG全体をBAICが51%保有しているわけではない。この二つを混同してはいけない。
北京ベンツは2005年からメルセデス乗用車を生産し、2013年にはエンジン生産を開始した。
2019年から北京の亦荘工業団地で電気自動車向けバッテリーシステムを供給し、2020年には北京市順義区の第2工場でも生産を始めている。
2025年12月時点の従業員数は約1万1000人。
2025年から2026年の生産車種として、Cクラス、Eクラス、Aクラス、CLA、GLCのロングホイールベース仕様、GLA、GLB、EQA、EQB、EQE、EQE SUVなどが公式資料に掲載されている。
中国専用のロングホイールベース車が多いのは、後席空間を重視する現地需要に対応してきた結果だ。
これは中国系株主が本社へ一方的にデザインを命令した証拠ではなく、中国市場で競争するためにメルセデス自身が選んだ現地化戦略と考えるべきだろう。
中国市場はメルセデス販売の何割を占めるのか
中国の重要性を数量で見ると、資本比率とは異なる輪郭が浮かぶ。
Mercedes-Benz Groupの2026年第1四半期資料によると、Mercedes-Benz Carsのグループ販売は世界全体で41万9430台だった。
このうち中国は11万1621台で、単純計算すると世界販売の約26.6%を占める。一方、米国は8万1060台で約19.3%だった。
つまり、第1四半期だけを切り取れば、中国は世界販売のおよそ4台に1台を占め、米国を約7.3ポイント上回る市場だった。
ただし、中国販売は前年同期比26.9%減り、現地生産車も8万8278台で29.5%減少した。対照的に米国は20.3%増えている。
この数字は販売台数であり、売上高や利益率を直接示すものではない。
それでも、中国が依然として巨大市場である一方、かつてのように成長を当然視できないことは分かる。
僕が注目するのは、メルセデスが「中国を重視するか、米国を重視するか」という二者択一では動けない点だ。
中国では販売減少と現地EVメーカーとの競争に対応し、米国では販売拡大と安全保障規制に向き合わなければならない。
BAICの株主持分だけでなく、中国にある工場、従業員、部品網、専用モデル、顧客基盤まで含めれば、中国との関係が経営判断に与える重みは19.67%という数字を超える。
2026年の米国法案で販売禁止になるのか?
2026年8月3日時点で、メルセデス・ベンツの米国販売禁止は決まっていない。
ただし、中国系株主の存在が米国の安全保障規制に抵触する可能性が議会で指摘されており、メルセデスにとって無視できない問題になっている。

2026年7月22日、米上院商業・科学・運輸委員会は「Connected Vehicle Security Act of 2026」、S.4429を修正のうえで委員会通過させた。
この問題は、次の三つに分けると誤解しにくい。
現時点で確定していること
委員会で採択された修正法案では、コネクテッドカーを製造、開発、設計、供給する企業について、外国敵対国に関係する主体による所有・支配が一定基準を超える場合を規制対象に含めている。
車両メーカーなどに関する基準として、発行済み持分、議決権、取締役会代表、その他の支配指標の15%超という文言が置かれた。
一方、対象ソフトウェアやハードウェアを供給する企業については、25%超という別の基準が規定されている。
「メルセデスに関係する数字は15%なのか、25%なのか」という疑問が生じやすいが、法案上は対象となる事業者の種類によって基準が異なる。
また、法案がいう「支配」は、単純な株式比率だけではない。
支配的な少数持分、取締役会への代表、代理投票、特別な種類株式、契約、共同歩調を取る公式・非公式な取り決めなども判断要素として列挙されている。
議会で指摘されたこと
BAICの9.98%と李書福氏側の9.69%を単純に足すと19.67%となり、15%を超える。
このため委員会審議では、法案の文言によってはメルセデスが対象となり、米国での販売へ影響する可能性があると指摘された。
ロイターの報道によると、委員長のテッド・クルーズ氏は、中国系所有が15%を超える規定によってメルセデスが締め出される可能性に言及した。
法案提出者のバーニー・モレノ氏は、メルセデスには2030年に向けて対応する時間があり、適用に関する承認を求める制度も用意されるとの趣旨を説明している。
Mercedes-Benz Groupのオラ・ケレニウスCEOも2026年7月28日、米国事業を守るために調整が必要なら対応すると述べ、米中間の地政学的な状況を認識しながら協議へ深く関与していると説明した。
これは販売禁止が決定したという発言ではない。
むしろ、成立前の段階から法案修正、適用基準、承認手続きなどについて関係者と協議していることを示す発言と受け止めるべきだ。
まだ確定していないこと
最大の未確定点は、独立した二つの中国系株主の持分が、最終的な法解釈で必ず自動合算されるのかという問題である。
法案は、複数の主体による組み合わせや共同支配も想定している。
しかし、BAICと李書福氏側が無関係に保有する9.98%と9.69%を、国籍が同じという理由だけで常に一体の19.67%として扱うことまで、成立後の運用として確定したわけではない。
委員会では約20%として問題視された一方、実際の適用では、保有関係、共同投票の有無、取締役会代表、契約、実質的な支配などが検討される可能性がある。
したがって、現段階で書けるのは、「メルセデスが規制対象になる可能性を米議会が具体的に議論している」までだ。
「15%を超えているため、米国販売禁止が確定した」と断定するのは正確ではない。
2030年についても、一律の猶予期限と理解すべきではない。
修正法案には、成立時点ですでに米国で乗用車を販売し、少なくとも5年間米国内で生産してきた既存メーカーなどを対象として、2030年より前のモデルイヤーに一定の経過措置を設ける規定がある。
また、コネクテッド車用ハードウェアに関する一部の禁止措置は2030年1月1日以降に適用され、認可や意見照会の手続きはそれ以前から整備される構成だ。
安全保障上の不当または容認できない危険を生じさせないと当局が判断し、議会への通知などの条件を満たした場合には、一定の承認を受ける仕組みも含まれている。
ただし、認可の多くは2030年1月1日までに期限を迎える構成も示されており、「2030年まで何もしなくてもよい」という意味ではない。
そして何より、S.4429は2026年8月3日時点で委員会を通過した段階にある。
今後、上院本会議、下院側の審議、両院で異なる内容になった場合の調整、大統領の署名などを経なければ、成立した法律にはならない。
今後の修正によって、所有比率の計算方法、対象企業、適用時期、承認条件が変わる可能性もある。
メルセデスと中国資本をどう評価すべきか【筆者の見立て】
ここからは、公開資料に基づく僕の見立てである。
メルセデスと中国の関係は、次の三層に分けて考えると理解しやすい。
- 資本の層:BAICと李書福氏側による株式・議決権の保有
- 事業の層:北京ベンツを通じた生産、雇用、調達、現地モデル開発
- 規制の層:米国など第三国が中国との関係を安全保障上どう評価するか
資本の層だけを見れば、約20%は単独支配に届かない。
しかし、事業の層では、中国は世界販売の約4分の1を占める大市場であり、約1万1000人が働く生産拠点と多数の現地向けモデルを抱えている。
さらに規制の層では、ドイツ会社法上の支配株主でなくても、中国系持分の存在だけで米国事業が審査対象になる可能性が出てきた。
この三層を混ぜると、「中国資本がベンツのデザインを変えた」「中国企業になった」といった極端な説明になりやすい。
実際には、株主が個別車種の造形や装備を直接指示したと示す公開資料はない。
一方、中国市場で売るために後席空間、大型ディスプレイ、車載サービス、現地向けソフトウェア、電動化の速度を重視することは、企業として自然な判断である。
僕は、中国資本の本当の影響とは、ステアリングホイールの形を大株主が決めることではなく、経営陣が投資先、開発速度、現地化の範囲、ソフトウェア基盤の優先順位を決める際に、中国を外せなくなることだと考えている。
同時に、2026年第1四半期には中国販売が大きく減り、米国販売が伸びた。
この変化は、メルセデスに中国依存を深めるだけでなく、米国、欧州、中国の事業をどこまで技術的・法的に分離するかという難しい課題を突きつける。
今後、評価の軸になるのは株主の国籍だけではない。
- 中国系大株主と経営陣の関係をどこまで開示するか
- 車載データをどの地域で保存・処理するか
- ソフトウェアや通信部品の供給網をどう管理するか
- 北京ベンツとグローバル本社の権限をどう分けるか
- 米国当局に実質的な経営独立性をどう説明するか
こうした透明性が不足すれば、経営を支配されていなくても、規制当局や顧客から疑念を持たれる。
反対に、株主との関係、取締役会の独立性、データ統治、部品調達を具体的に説明できれば、「中国系資本が約20%ある」という数字だけで企業全体を判断されるリスクを抑えられる。
メルセデスが守るべきものは、資本の純粋さではない。
安全性、長距離での安定性、人間工学、品質管理というブランドの中核を、どの市場でも同じ基準で維持できる企業統治である。
今後の焦点は「中国と関係を持つか、切るか」ではなく、深い相互依存を抱えたまま、経営の独立性とデータの安全性をどこまで証明できるかに移っていくだろう。
まとめ
メルセデス・ベンツは、中国企業に買収された会社でも、中国企業の子会社でもない。
Mercedes-Benz Group AGはドイツ・シュトゥットガルトに本社を置く上場企業であり、2026年3月31日時点ではBAIC Groupが議決権9.98%、李書福氏側が9.69%の持分を保有している。
単純合算は19.67%だが、両者は別々の保有主体であり、共同で経営を支配していると確認できる公開情報はない。
一方、BAICは北京ベンツの51%株主であり、メルセデス側と中国で大規模な生産事業を展開している。中国は2026年第1四半期のMercedes-Benz Cars世界販売の約26.6%を占めており、その影響は持株比率だけでは測れない。
米国のConnected Vehicle Security Act of 2026では、15%超の所有・支配基準をめぐりメルセデスが対象となる可能性が議論された。
ただし、別々の株主の持分が最終的にどう計算されるかは未確定であり、法案も2026年8月3日時点では成立していない。
最も正確な答えは、メルセデス・ベンツは中国企業ではないが、中国系資本、中国での合弁生産、米中対立の影響を強く受けるドイツ企業というものだ。
よくある質問
メルセデス・ベンツは中国の会社ですか?
いいえ。
Mercedes-Benz Group AGはドイツ・シュトゥットガルトに本社を置くドイツ企業です。ただし、中国系2株主の公表比率を単純合算すると19.67%になります。
吉利はメルセデス・ベンツを買収したのですか?
買収していません。
吉利控股集団の創業者である李書福氏が、Tenaciou3 Prospect Investment Limitedを通じて9.69%を保有していますが、過半数には達していません。
BAICと李書福氏側を合わせれば経営を支配できますか?
19.67%だけで通常の株主総会決議を成立させることはできません。
また、両者は独立した保有主体であり、常に共同投票するという公開された合意も確認されていません。
北京ベンツの51%をBAICが持つのは本当ですか?
はい。
北京ベンツではBAIC Motorが51%、メルセデス側が49%を保有しています。ただし、これは中国の合弁会社における比率であり、Mercedes-Benz Group AG全体の持株比率ではありません。
メルセデス・ベンツは米国で販売禁止になるのですか?
2026年8月3日時点では決まっていません。
中国系持分をめぐり、米上院委員会を通過した法案の対象になる可能性が議論されていますが、法案はまだ成立しておらず、持分の合算方法、承認制度、適用時期も確定していません。
執筆:高坂 遼(自動車ライター|ドライビング・フィロソファー|モーターストーリーテラー)

