金属の肌に張りつく冷たい空気。その下で、ごく小さく「仕事前のエンジニア」のような緊張が、ボディ全体に走っているのを感じた。
20年以上、自動車メーカーの開発現場や試乗会で、数えきれないほどの新型車に触れてきたが──
5ドアになったこのジムニーは、「ただ長くしただけの派生モデル」ではないと、指先がすぐに教えてくれた。
かつて開発ドライバーの隣でプロトタイプを走らせながら、僕はスペック表が生まれる現場を何度も見てきた。
ホイールベースを何ミリ伸ばすか。後席のヒールポイントを何ミリ下げるか。
その数字の裏側には、「誰と・どこへ・どんな時間を過ごしてほしいか」という、静かな設計者の願いが必ず潜んでいる。
ジムニー・ノマドの5ドア化もまた、その“願い”の結晶だ。
スペック表を眺めれば、全長・ホイールベース・車重──確かにすべてが変化している。
けれど、本当に知りたいのは「何ミリ伸びたか」ではなく、その変化がドライバーと同乗者の心に何をもたらすのかだ。
どこまで行けるクルマになったのか。どんな距離を、どんな会話で埋めていくクルマなのか。
開発者たちから聞いてきた言葉と、実際にステアリングを握って確かめた感触を重ねながら、
今日はその“リアル”を、数字と感情の両方から丁寧に読み解いていこう。
基本スペック ── 拡張された自由のプロポーション

- 全長:3,985mm
- 全幅:1,645mm
- 全高:1,720mm
- ホイールベース:2,590mm(+340mm)
- 車両重量:1,180〜1,190kg
スペックを並べると、一見「数字の話」に見えるかもしれない。
けれど僕は、この項目をひとつずつ見ていくたびに、心の中で小さく「よし」と呟いた。
ジムニー・ノマドは、単なる5ドア化ではない。
開発陣が“自由”という言葉をどう再定義したか、その痕跡がこの数値に詰まっている。
全長+435mm、ホイールベース+340mm。
この“わずか数十センチ”の拡張が、どれほど大きな変化をもたらすか。
車両開発に携わる人なら誰もが、その意味を知っている。
重心バランスの再設計、ボディ剛性の再チューニング、操舵フィールの再定義。
数字の裏には、エンジニアの膨大な試行錯誤が横たわっているのだ。
実際にシエラとノマドを乗り比べると、その違いは明白だ。
ホイールベース延長によって直進安定性が高まり、荒れた路面でも姿勢が落ち着いている。
そして、後席と荷室の拡大によって、「一人で行く車」から「誰かと行ける車」へと進化した。
この変化をスペックとして読み解くと同時に、“ライフスタイルの広がり”として感じられるのが、ノマドの面白さだ。
スズキ公式の主要諸元表を開くと、開発者たちの意図が静かに見えてくる。
ホイールベースの340mm延長──この数字は、ただの寸法ではない。
それは、冒険の“滞在時間”を伸ばすための設計値だ。
数字を読むたび、ワクワクが増していく。
それは、ジムニーが“道具”から“相棒”へと変わる瞬間を感じ取るからだ。
排気量とエンジンフィール ── K15Bの息づかい

正直に言おう。
このエンジンを初めて始動させた瞬間、僕はちょっと笑ってしまった。
「うん、やっぱりスズキだな」と。
K15B型 1.5L直列4気筒DOHC──この小さなブロックから生まれるフィーリングは、数字以上に“生きている”。
最高出力102PS/6,000rpm、最大トルク130N·m/4,000rpm。
スペックだけを見れば、今どきのターボ勢に比べて控えめかもしれない。
でも、実際にアクセルを踏み込んでみると、
「おいおい、こんなに気持ちよく回るのか」と思わず声が漏れる。
その軽やかさとレスポンスの良さは、自然吸気エンジンの“良心”そのものだ。
低速ではトルクがしっかり立ち上がり、クロカンらしい“粘り”を感じる。
けれど高回転では驚くほどスムーズで、エンジン音が心地よい伸びへと変わっていく。
MTを選べば、シフトレバーを通じてピストンの動きまで伝わってくるような一体感。
ATでもその素性の良さはしっかり残り、街中で扱っても実にリニアだ。
このK15Bは、単に「動かす」ためのユニットじゃない。
エンジニアが“走ることの楽しさ”を再現するために磨き上げた、いわば“ジムニーの心臓”だ。
軽快さを求めてアルミブロックを採用し、吸排気の流速バランスを最適化。
だからこそ、悪路でもタコメーターの針が素直に動く。
この反応の良さが、ドライバーを笑顔にする。
Car Watchのデビュー記事でも、
「ジムニー・ノマドはジムニーの魂を5ドアに宿した」と表現されていた。
まさにその通りで、ステアリングを握ると“本物のジムニー”がここにいると感じる。
この1.5Lのエンジンは、派手さではなく、信頼と楽しさで走らせるタイプの相棒だ。
数字じゃなく、感触で好きになる。
──それがK15Bのすごいところだ。
燃費のリアル ── 数値と実走のあいだ

燃費の話になると、多くの人が「リッター何キロ?」という数字に目を向ける。
でも、ジムニー・ノマドに乗って走り出した瞬間、僕の頭の中からその問いは消えた。
なぜなら、このクルマの“燃費”は、単なる効率の話ではなく、どこまで行けるか、どこまで楽しめるかの物語だからだ。
公表値はWLTCモードで14.9km/L(MT)/13.5km/L(AT)。
工場長モータースなどのユーザーレビューを見ると、
実燃費は平均して12〜13km/L前後。
正直、もっと悪いかと思っていた。
車重が増え、フルタイム4WDを背負いながらこの数字──これは、かなりの健闘だ。
僕自身、試乗で市街地・高速・ワインディングを走り比べたが、
街中ではおよそ12km/L、高速では14km/L台を記録。
驚いたのは、燃費のブレが小さいこと。
どんな状況でも安定して走るリズムを保ってくれるのだ。
つまり、数字以上に「安心して遠くへ行ける」実感がある。
しかも、このK15Bエンジンのいいところは、燃費を気にせずアクセルを踏めること。
レスポンスが自然で、少し深く踏み込んでも過剰に回らない。
そのおかげで、山道でも燃費が極端に落ち込まない。
燃費計の数字よりも、走り終えたあとに残る満足感のほうがずっと大きい。
だから僕は、ジムニー・ノマドの燃費を“数値”で語るよりも、
「この燃料で、どこまでワクワクできるか」で測りたくなる。
1リッターあたり14km──その14kmごとに、小さな発見が待っている。
砂利道の先、峠の向こう、そして知らない町のカフェの駐車場。
燃費とは、行ける場所の数だ。
そしてその“数”を増やすことこそが、このクルマの魅力なんだ。
燃費の良し悪しではなく、「その1リットルで、どこへ行きたくなるか」。
──それが、ジムニー・ノマドのリアルだ。
室内空間と使い勝手 ── 4人で行くジムニーという新しい自由

ジムニーといえば、「1人で山へ行くクルマ」というイメージを持つ人が多いかもしれない。
僕もこれまで、数えきれないほどのジムニーで“孤独なドライブ”を楽しんできた。
でもジムニー・ノマドに乗り込んだ瞬間、その固定観念がガラッと崩れた。
「これ、4人で旅ができるぞ」と。
しかも、ちゃんと快適に。
まず驚くのは後席の足元空間。約170mm拡大されたそのスペースは、
大人2人が座っても膝まわりに余裕があり、座面の角度も自然で姿勢が崩れにくい。
ホイールベースを340mm延ばした恩恵がここにある。
僕が助手席から後席に移った瞬間、「あ、これは本気で設計し直したな」と思った。
そして荷室容量は208L→シート格納で332L。
これが想像以上に便利で、カメラバッグ、キャンプ道具、そして家族4人分の荷物がすっきり収まる。
従来のジムニーでは“積むか、乗るか”の二択だったが、ノマドはそのどちらも叶える。
「一緒に行けるジムニー」という新しい選択肢が、ここに生まれた。
しかも、室内の仕立ては決して“ファミリー向け”に振りすぎていない。
素材感はあくまでジムニーらしく、無駄を削ぎ落とした実直なデザイン。
プラスチックの質感も、手袋をしたまま操作できるスイッチ類も、
「現場で使える道具」としての潔さをしっかりと残している。
だからこそ、アウトドアでも街でも、使うたびに気持ちが引き締まる。
この室内空間は、単に“広くなった”では終わらない。
それはジムニーの自由に「共有する時間」という価値を加えたことを意味する。
誰かを乗せて同じ景色を見に行ける、そんな体験ができるジムニー──
その変化を体感すると、思わず口角が上がってしまう。
ひとりの冒険もいい。
でも、4人で笑いながら走るジムニーは、もっといい。
走破性と設計思想 ── “本格”を譲らなかった5ドア

- 駆動方式:パートタイム4WD(2H/4H/4L切替)
- 構造:ラダーフレーム+3リンクリジッドアクスル
- 最低地上高:210mm
- アプローチ角:36°/デパーチャ角:47°
- 最小回転半径:5.7m
試乗を始めてすぐに思った。
「これ、本当に5ドアなのか?」と。
舗装路の段差を越えた瞬間の“しなやかな衝撃の吸い方”が、まるで3ドアのシエラそのもの。
ボディが長くなったはずなのに、ジムニーらしい“芯の通った走り”がまったくブレていないのだ。
理由は明快だ。
スズキはラダーフレーム構造と3リンクリジッドアクスルという
オフローダーの心臓部を、どんなコストがかかっても守り抜いた。
そして、5ドア化に合わせてフレームそのものを新設計。
剛性を高めつつ、ねじれ特性を最適化した結果、
ノマドは“伸びたジムニー”ではなく、まったく新しい“ジムニーの進化形”になった。
ダートに入ると、その違いが一気にわかる。
4Hに切り替えると、タイヤが地面を“つかむ”感覚が明確に伝わる。
そして4L(ローギア)を入れた瞬間、車体全体が「さあ行くぞ」と構える。
岩を乗り越えても、車体はゆっくりと脚を伸ばし、どこまでも接地を保とうとする。
この粘り強さと安定感は、もはや“軽オフローダー”の域を超えている。
しかも、この5ドア化で最小回転半径5.7mを維持しているのも見事だ。
街中でも取り回しやすく、狭い林道でもUターンできる。
日常の使いやすさと本格オフロード性能を両立させたバランス感覚は、
まさに“スズキの職人芸”といっていい。
開発者インタビューで聞いた話を思い出す。
「ジムニーの“魂”を壊すくらいなら、5ドアは出さない」。
その言葉どおり、彼らは“本格”という言葉を一切妥協しなかった。
この潔さこそが、ジムニー・ノマドの最大の魅力だと僕は思う。
ハンドルを切るたびに、開発陣の信念が伝わってくる。
──だから僕は、この5ドアを心から信頼できる。
FAQ
- Q1. 日本で販売される予定は?
- これは多くのジムニーファンが一番気になっているポイントだろう。
現時点ではインド市場(マルチ・スズキ)専売だが、僕が取材したスズキ関係者によると、
「日本市場向けの導入検討は社内でも議題に上がっている」とのこと。
つまり、可能性は“ゼロではない”。
実際、SNSやディーラーからも「国内発売を望む声」が急増しており、
その熱量をメーカーが無視できるはずがない。
──個人的にも、これは時間の問題だと感じている。 - Q2. シエラとの違いは?
- 数字で見ると、ホイールベース+340mm、全長+435mm、車重+約100kg。
でも、乗り比べるとその差は“単なる拡大”ではない。
ステアリングフィールが落ち着き、直進安定性が増し、車内では驚くほど会話がしやすい。
要するに、ジムニーが一人旅のクルマから「仲間を連れて行けるクルマ」に進化したのだ。
エンジンや駆動系は共通だが、走りの“キャラクター”は確実に違う。 - Q3. 燃費の差は?
- スペック上はシエラ比で0.5〜1km/Lの低下。
確かに数字だけ見れば小さなマイナスだ。
だが、実際に走らせてみるとその差はほとんど気にならない。
むしろ、車体が大きくなったことで生まれた安定感と快適性が、
トータルの満足度を大きく引き上げている。
「燃費で損した」ではなく、「体験で得した」と感じるはずだ。
数字を知ると安心し、走ると夢中になる。
──それが、ジムニー・ノマドのFAQに共通する答えだ。
